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初めて鬼丸国綱と会った時の印象は、あまり良くなかった。初対面で挨拶もそこそこに「陰気だ」などと言ってきたものだから、思わず「あんたもな」と言い返したら、思い切り舌打ちをされた。無礼な奴に、礼儀正しく対応できるほど、性格がいいわけではない。三日月も数珠丸も、強烈な個性を持っているが、当たりは穏やかだから、鬼丸の尖った態度が余計に目についた。あまり関わらないようにと思っていても、天下五剣という括りの中、どうしても接触する機会が多くなる。顔を合わせると、大体向こうから突っかかってくるので、こっちも適当に相手をしていた。いい加減疲れて、一度ソハヤに愚痴ったら「それ、兄弟のこと好きなんじゃねぇの」と半笑いで言われたので、「馬鹿な」と一笑に付した。
その頃ぐらいからだ。鬼丸が酒を持って、自分のところへ来るようになったのは。「ほら」とぶっきらぼうに高い酒瓶を見せられた時、表面では冷静を保っていたが、心中は穏やかでなかった。何でこんな自分にこいつは関わってこようとするのだろう。同じ妖物斬りとして、何かを感じているのか――鬼丸の意図が分からなかった。
しかし、一緒に飲みはじめてしばらくしてから、単に自分と飲みたかっただけだと分かって、拍子抜けした。飲んでる間も、ちびちび飲めとか、もっと味わえとか細かいことを言われたが、不思議とその時は嫌な気分にはならなかった。飲んでいた酒が本当に美味かったのと、酒に酔った鬼丸の姿を観察していたからだ。酒が入った鬼丸はやや饒舌になる――とは言っても、説教くさくなるのではなく、会話の引き出しが増えるというのか。万屋に珍妙なものが売られていた、畑に植えた苗が枯れていた、厨でつまみ食いしたら燭台切に叱られたとか、そんな取り留めのない話をしていた。ご陽気な話もできるんじゃないか。酔ってこれなら、晩酌に付き合うのも悪くない。おまけにうまい酒も持ってきてくれる。それからは、誘われれば飲むようになり、次第にこちらから誘う機会も増えた。
鬼丸と「飲み仲間」という関係なってから、鬼丸の素の部分がよく見えるようになってきた。存外に彼は純粋で子どもっぽい。少し煽るようなことを言えば、ムキになるし、からかえば不貞腐れる。たまに真面目な話をしたら、真剣に聞いているし、正直見ていて飽きない。無防備な彼をもっと見たい。そんな想いを抱くようになってから、いつしか飲みの目的が「酒」ではなく、「鬼丸」になっていた。
鬼丸と一緒に居たいから酒を飲む。こんな気持ちになったのは初めてだった。仲のいい刀は他にもいる。でも、一緒に居て胸が高鳴ったりすることもないし、もっと側に居たいと思う程ではない。胸の奥を締め付けるような切なさは鬼丸といる時にだけ感じる。最初は何なのだろうと思っていた。けれど、色事に疎い自分でも、次第にこの気持ちが「何」なのかを察した。
鬼丸国綱に「恋」をしてしまったのだ。
最初は気に食わない奴だと思っていたのに、心というのはこうも変わるものなのか。人の心は移ろいやすいと昔から言われてたが、自分がそうなるとは予想もしていなかった。ただ、恋心を自覚しても、それを鬼丸に告げることは躊躇していた。今の居心地がいい関係を壊したくないのと、彼に嫌われてしまうのが怖かったからだ。この気持ちは自分が御役御免になるまで隠し通す。複雑な想いを秘めたまま、鬼丸との関係は現状維持を続けていた。これからも、何も変わらない。きっと。
――しかしどうして。心だけでなく物事も、思わぬところで移ろいでしまうのだろう。
ある夜のことだ。その日は春にしては蒸し暑く、昼間は夏を思わせるような陽気だった。夜になり多少涼しくはなったが、暑さは残っていた。
風通しを良くしようと窓の障子を僅かに開けたら、満月の月灯が差し込んできた。翳りのない姿がやけに美しく見えて、思わず見惚れていたら、鬼丸が部屋に入ってきた。手には相変わらずの高そうな酒瓶。勝手知ったるの振る舞いで自分の横に腰を下ろした。鬼丸はいつも着けている髪留めを着けておらず、無造作に髪の毛を下ろしていた。そのせいか分からないが、妙に色があった。幾分か幼く見える鬼丸の顔に、胸が不穏にざわついた。
何か、起こるんじゃないか。ふつりと沸いた言いようのない不安を押し流すみたいに、鬼丸の持ってきた酒を呷った。
甘くすっきりとしていて、口当たりのいい酒。これは危険なやつだと思ったが、美味いものだからどんどん酒は進む。気付いたら、自分にしては珍しく頭がくらくらするぐらいまで酔っ払っていた。少し呂律も怪しい。これはまずいなと、水を少し飲んでこようと立ち上がりかけたところで、脚からかくりと力が抜け、倒れてしまった。そして、倒れた拍子にあろうことか、傍らにいた鬼丸を巻き込んでいたのだ。気付くと鬼丸の上に覆い被さっていて、鬼丸は少し驚いた様子でこちらを見上げていた。潤んだ紅い目に射抜かれて、縫い止められたように動けなくなった。すぐに退かなければならないのに。「退け」と言われる前に早く。頭では分かっていても、身体が言うことをきかなかった。
しばらく硬直していたら、するりと鬼丸の腕が首に回されて、そのまま抱き寄せられた。互いの顔の距離が零になり、唇に柔らかな感触が触れた。それが鬼丸の唇だと気づいた時、理性は薄氷のように容易くひび割れ、昏く深い水底へばらばらになって沈んでいった。
人肌の温もりも、包み込む粘膜の熱さも、その夜に初めて知ったのだ。
それからは、酒を飲むついでに情を交わすようになった……というよりも、情を交わすために酒を飲むようになった、と言った方が正しいかもしれない。それと、鬼丸とこういう関係になってから、分かったことがある。彼は意外と性に奔放で、性欲も強いということだ。禁欲的で自他対して割りと厳しい普段の彼との差異にかなり驚かされた。
ある夜、上に乗っかられて、腰を振られた時は、どうしようかと思った。確かに気持ちは良かったが、こっちは不慣れな分、内心ビビり気味だったので、興奮はあまりしなかった。ただ、そういった戸惑いも、鬼丸との行為を重ねるうちに、薄れていった。慣れてしまえば、当たり前になって、段々と物足りなくなって――そうして、もっと貪欲になっていく。
その傾向は鬼丸の方が顕著だった。
いつものように二人で酒を飲み、会話もそこそこに、酔いに任せて行為へとなだれ込んだ。
部屋の中に転がる酒瓶、徳利、杯。無造作に脱ぎ捨てられた衣服。何かの文書類はバラけている。散らかっていても、気にする余裕なんて無い。いつもこうだ。正気に戻ったあと、お互いぶつぶつ言いながら片付けるのが常となっている。
素肌を合わせて抱き合い、口付けと愛撫で、ある程度興奮が高まった頃、鬼丸が脱ぎ捨ててあった寝間着の袂から、掌ぐらいの大きさの巾着袋を取り出した。
「……これを使って欲しい」
袋から出されたのは、細長い棒のようなもの。何やら弾力の有る素材で出来ているそれは僅かに撓り、片方の先に輪っかがついている。初めて見る道具に首を傾げた。何に使うのかさっぱり分からない。
「……使うって、どうやって」
「ここに……入れる」
そう言って鬼丸は、手に持った道具をまだ柔らかい陰茎の先に当てた。ちょうど割れ目のところ。濃い桃色に色づいた小さな穴。鬼丸が指し示しているのは尿道口だ。
「……入れるって……入るわけないだろう」
尿を排出する器官にものを入れようとすることにも驚くが、そもそも入るのか、こんなもの。ところが、鬼丸の口から、
「……入れたことがある。久しぶりだから、入れるのに時間がかかるかもしれないが」
と新たな過去を暴露された。本人の口から聞くところによると、鬼丸の前の主は相当な『スキモノ』で、鬼丸は『色々と』仕込まれたらしい。幾度か逢瀬を重ねてから、真相を聞いたときは何とも言えない気分になった。初めての時、随分と手慣れている感じがしたのにも納得がいった。鬼丸は肉体をどうすれば気持ち良くなれるかを熟知していて、こちら側として嬉しくもあるが、他人仕込みだと分かると素直に喜べなかったりする。初めてが欲しかった、なんて望むのは欲張りだろうか。というか、前の主は鬼丸の初めてを色々と奪いすぎだ。まさかそんなところまで……と思わずにいられない。
「……本当に入れていいのか?」
「……ああ」
手渡された道具をまじまじと見つめる。こんなものが、この小さな穴に入るのか。半信半疑のまま、大典太は鬼丸の陰茎を握った。
「ん……先を少し、開いてくれ」
「ここ、か……?」
自分はさっぱり分からないから、鬼丸の言うとおりにするしかない。先っぽの割れ目をほんの少し指で左右に開くと、小さな窪みが見える。そこから、ぷくりと先走りがにじみ出てきた。確かに穴はあるが……無理だろうこれは。自分のソコに道具を入れられるところを想像したら、されてもいないのに陰茎の中が痛くなってきた。おかげで、さっきから自身のモノはピクリとも反応しなくなった。
「これ……入るとは思えんのだが」
やはり信じ難くて、鬼丸に再度確認する。下手に入れて中を傷付けてしまうのも嫌だった。
「大丈夫だから、早く……」
そう答える鬼丸の声は明らかに興奮し、微かに上擦っていた。鬼丸をこんないやらしい身体にした前の主を怨むしかない。
(くそっ……)
開かせた窪みへ、棒の先端を押し当てた。ぐっ、と軽く押し込むと、意外にもすんなりとそれは奥へと入っていく。挿入している間、傷つけないよう細心の注意を払いすぎて、うっかり呼吸を忘れてしまっていた。途中で思い出して、一度大きく深呼吸をすると、ちらりと鬼丸の様子を伺った。
「……痛くないか?」
「痛くないが……少しきつい……」
「なら、やめるか……?」
実はやめてほしいというのが本音だったが、
「嫌だ」
と即答だった。けれども、鬼丸の眉間には深い皺も寄ってるし、額には脂汗も滲んでるし、どう見ても苦しそうなのに、そこまでしてやりたいものなのか。
元々、性や閨事に対して知識もあまり無く、性欲も淡白な大典太にとって、正直理解しがたいことだ。痛くて苦しい行為など、普通やりたくないではないか。
「……なんでそこまでしてやりたいんだ」
「気持ちいいからに決まってる。それ以外に理由があるのか?」
「……」
もう何も言えない。自分はとんでもない奴を好いてしまった。頭の中がぐるぐるして、じっと黙り込んでいると、鬼丸に早くと急かされる。もうどうにでもなれ、と中途半端に入ったままだった道具の挿入を再開した。それがだいぶ奥まで入ったところで、何かに当たり、そこから入らなくなる。これは無理に押し込んでいいのかと手を止めていたら、鬼丸の手が道具に添えられた。
「もう……いいぞ。ここから先はおれがやる……」
鬼丸は道具を摘むと慣れた手つきで奥へと飲み込ませていった。陰茎の先から見えるのは輪の部分だけで、管の殆どは尿道の中へと入ってしまっている。
「こんなに、入るもんなんだな……」
「は……ぁ、あ」
「……気持ちいいのかよ」
「う、ん……そこ、少し引っ張ってくれ」
「……こうか?」
輪っかに指を通し、軽く引っ張ってみる。
「ん、あ、ぁあっ!」
濡れた唇から迸る上擦った嬌声と、びくんと大きく跳ねる身体。恍惚の表情を浮かべている鬼丸の媚態を見るに、この快感を知っているから、鬼丸は管を入れるときの苦しさに耐えていたのだと分かった。
「あ……、ぁ、ひあっ!」
引っ張った道具をもう一度奥へと押し込んで、それから小刻みに出し入れをする。中がどうなってるのかは分からないが、反応がいいところでそれを軽く揺すってみた。
「あぁあッ! あっ、だめ、だ……そんな、したらっ」
「あんたがしたいって言ったんだろう」
「う、んんっ、あ、ぁ……!」
左右に開かれた白い太腿がびくびくと震えて、尻の狭間にある後口がきゅっと締まる。その淫らさに誘われて、縦割れしている尻穴へ指先を這わせた。
「あぁ……待っ、てくれ……そこ、は」
「……嫌か?」
「ン、んっ……いま、入れたら……ッ、あ、ひあっ」
つぷ、と指を二本挿入して、内壁を解すようにゆるく掻き回す。中のきつさが少し緩んだところで、指の腹に感じるしこりをぐりぐりと押し上げた。それと同時に道具もゆっくりと動かしてやれば、鬼丸はこれまでにないほど乱れ始めた。潤みきった緋色の瞳からは涙が溢れ、喘ぐ声はより甘く、蜜の様にとろとろと蕩けていく。
「あ、ぁっ! ん、や、あぁあッ!」
指を咥えこんでいる中がぎゅうと締まり、亀頭の割れ目が僅かにヒクつく。達してしまったらしいが、尿道を塞いでいる道具のせいで精液は殆ど漏れていない。普段の交わりなら、どんなに激しくても、鬼丸はどこか理性を保っていて、余裕すら感じさせる。夢中になって余裕なく抱いている自分が、情けないと思うぐらいに。しかし、今の鬼丸には、いつもの余裕はどこにも見えず、自制は確実に振り切れている。こんなに甘い声も、険が完全に失われて幼さの増した顔も、初めて知った。この淫らで愛らしい姿を、過去の男にも見せていたのか。それを想像すると、虚しさと苛立ちばかりが増してくる。相手の過去など気にしたところで無意味なのに、自分の中にある独占欲がじりじりと熱を持ち始めた。
「ん、んッ……あ、あぁ、もっと……」
鬼丸の指が陰嚢を掬い、柔らかな膨らみを大典太に見せつけるようにそこを挟んだ。つるりとした薄桃色のそこにしゃぶりつきたくなる。こんないやらしいおねだりされたら、もう要らないというまで与えてやりたい。でも、それは、「いつもなら」の話だ。今は違う。
「……駄目だ」
中から指を引き抜いて、その指で鬼丸の陰茎の先を軽く引っ張り、緩く立たせた。
「これ、抜くぞ」
「ぁ……いや、だ……抜く、な……」
涙声のお願いは聞かず、道具を尿道からゆっくりと抜いていく。そして、すべてが引き抜かれてしまうと、堰き止められていた精液がとぷとぷと溢れ出てきた。手に持った道具は適当にそこらへ放り投げ、吐精の余韻で甘く喘ぐ鬼丸の上に覆い被さった。力の抜けた白い脚を抱え、ヒクついている穴に怒張の先端を押し当てる。
「いやらしいあんたも悪くないが、過去の男があんたにしたことをさせられるのは、正直いい気分じゃない」
「……っ、あ」
「あんたはコッチだろう」
入口をこじ開けて一気に根元までずっぷりと挿入てやれば、鬼丸は声も出さずにまた高みへと上り詰めた。びゅるっと勢い良く吐き出された白濁が、鬼丸の胸や口元を汚す。
めいっぱい拡がって雄を咥えこんでいる後口の縁を、指でつつ、と撫でると、敏感になっているそこがぎゅっと締まった。
「んんっ、あ……」
「……今、あんたの相手をしているのは俺だ」
「……怒って……いるのか?」
「別に怒ってない。ただ気分が悪い」
ただの怒りならば、こんなにも苦しくはならない。
胸を掻きむしりたくなるようなもどかしさと焦燥感。これは嫉妬だ。鬼丸の過去に居た顔も名も知らぬ男。そいつに対して猛烈な嫉妬心を抱いている。自分にもこんな感情があるのだと驚きつつも、認めたくない思いもある。物事に対する執着が薄い方だと自覚していたから、余計にだ。嫉妬なんてみっともない。恥ずかしい。やきもち焼いてる格好悪い姿を、好いている相手に見られたくないではないか。けれども、今抱いているこの感情は、そんな些細な見栄すら粉々に砕いてしまう。非常に厄介だ。
「……なぁ、鬼丸」
言いながら、腰をゆるりと動かす。
「あ、ぁ……」
「前に言ってたよな。自分は面倒くさい男だと」
「う、ンッ、それ、が……なん、だ……」
「……俺もあんたに負けないぐらい面倒くさいぞ」
「なに、を……、くっ、あ、ぁあ!!」
渦巻く激情に突き動かされるまま、鬼丸の媚肉を蹂躙した。枷の外された欲望は制御できず加速していく。
鬼丸の過去に居座る男の影を、全て消し去ってしまいたくて、無我夢中で腰を振りたくった。湿った荒い呼吸と悲鳴に近い嬌声が混じり合う。情交の激しさを表すように下半身から聞こえてくる濡れた音は生々しく、絶え間が無い。こんなに容赦なく鬼丸を犯すのは初めてだった。これは嫉妬から来る八つ当たりだ。いけないことだと分かっているけど、止められない。
「っく、鬼丸……」
肉茎を深々と奥へ穿ち、喘ぎ声を零すばかりの鬼丸の口を吸った。最奥の性感帯を集中的に突きながら、熱くぬめる口内をたっぷりと貪る。
「んんっ、ン、ふ……っ、んう……ッ」
口付けている間に、くぐもった吐息が鼻にかかった甘いものに変わった。それと同時に鬼丸の中がきつく収縮し、限界まで張り詰めた大典太の雄を搾り取るように締め付けてくる。その刺激で込み上げてきた射精感に抗えず、鬼丸の深いところで熱液を放った。射精している間も腰をぐいぐいと押し付けて、奥の奥まで自分のものでいっぱいにしてやった。吐精の瞬間は、この上ない征服感と愉悦に満たされる。全てを出し切ったところで、ようやく唇を離すと、涙で濡れた白い頬に口づけた。涙の跡を舐めると塩っぱい味がした。
「……ん、よせ、擽ったい」
少し掠れた声で鬼丸が言う。
「……すまない。酷くしてしまった」
「……謝るぐらいならするな」
呆れたように言いながら、鬼丸が頭を軽く小突いた。
「そ、れはそうなんだが……。あんたをこんな風にした奴のことを考えたら、苛々してどうにもならなくなった」
「……言い方が何かひっかかるが。何だ、やきもちか」
「……ああ」
自分の気持ちを正直に認めると、さっき頭を小突いた手で、髪を柔らかく梳かされた。子どもをあやす様な優しい触り方をされて、気恥ずかしさに頬がむずむずしてくる。
「念の為言っておくが、前の主は閨での嗜好が特殊だっただけで、人格、武勇ともに優れた人物だった。正直に言うとおれも嫌だったわけではない」
「……その特殊な嗜好が優れた人格と武勇を台無しにしてる気がするんだが」
「そう言うな。そんな主をおれは愛していた。もっとも、蜜月は短かったがな……。妬けるか?」
「……妬けるな」
「……なら、お前好みにおれを躾ければいい。おれがもうあの人を思い出さなくなるくらいに」
「……まだ、思い出すことがあるのか」
「たまにな。だが、もうだいぶ朧気になっている。随分と昔のことだからな」
「……くそ。絶対に忘れさせてやる」
さっきから毛先を弄んでいる鬼丸の指に自分のそれを絡み合わせて、敷布へと手を縫い留めた。噛み付くように口付け、呼吸を奪う。すると、鬼丸の脚が腰にするりと回されて、先を促すようにぐっと力を込めてきた。そのおかげで、鬼丸の中に入ったままのモノは一気に復活してしまった。吐き出した精液で濡れた中をぐちゅりと肉茎で掻き回すと、とん、と踵で腰を叩かれる。
「……何だ」
「生温いことをするな。もっと激しく動け……」
――忘れさせるんだろう?
凶悪すぎる挑発的な笑みとともに、そう言われて、目元がカッと熱くなる。元々ついていた心の火に、瓦斯厘をぶちまけられたのだ。
身も心も灼け付くような情交は、二振りがほぼ同時にくたばるまで続けられた。
その夜の交わりが、一番激しくて、頭がどうにかなりそうなほど気持ちよかったと、鬼丸がほろりと白状して、大典太の心に重傷を負わせる日は、そう遠くないうちに訪れる。