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酒は百薬の長ともいうが、それは量と飲み方を上手く自分で制御できたらの話であって、自制もせず飲みたいだけ飲んでしまえば、大抵の場合は失態を犯す。例えば、言ってはいけないことを言ったり、人前で裸になったり、お金をばら撒いたりと、酒にまつわる失敗というのは枚挙に暇がない。酒が入るとどうにも気が大きくなってしまうのだろう。酒の力で普段抑えているものが解放されるのは、酒を嗜む人間にはよくあることで、そしてそれは人間の肉体を得た刀も例外ではなかった。
「たまにはおれも『上』をやりたい」
空になった酒瓶や徳利がいくつか散乱している部屋の中、完全に酔いが回った舌足らずな口調で鬼丸が言った。
彼のお願いであれば、なるべく叶えてやりたいとは思うが、それだけは聞き入れられない。
「駄目だ」
「……何でだ」
「あんたは俺に抱かれてたらいい」
そう言って徳利に入った酒を喉に流し込んだ。カッと喉が熱くなって、そこから一気に全身の血が沸き立っていく。これが堪らない。飲み干した徳利を畳に置くと鬼丸は眉間に深い皺を寄せ、納得してないというか、諦めてなさそうだった。
「おれだっておとこだ」
「ああ。そうだな」
「おんなやくばかりはいやだ」
「そうか」
「まじめにきけ」
「聞いてる聞いてる」
鬼丸の呂律がどんどん怪しくなっていっている。このまま放っておいても、勝手に酔いつぶれるだろうと適当にあしらっていたら、鬼丸が不意に肩を掴んできた。そのまま押し倒されそうになったので、慌てて畳に手をついて倒されまいと踏ん張る。
「おれにだかれるのがいやなのか?」
「……そう、だな」
「なんで」
「何でって……」
正直、抱かれてやらんこともないとは思うが、やはり自分の下で乱れる鬼丸を見たいし、愛したい。それと、自分が臆病虫で尻穴へ異物を入れられるのが純粋に怖いというのもある。鬼丸は巨根だ。自分も小さい方ではないという自覚はあるが、鬼丸の大きさもそれなりなので、そんなブツを入れられた日には尻穴が見るも無惨なことになる。尻に入れるのが怖いとか言ったら、「いつもおれにしているくせに」とキレられるのは間違いない。なので黙っておくことにする。
「俺は抱かれるより抱くほうがいい」
「……こんやはおとなしくおれにだかれろ」
女が聞けば喜びそうな台詞も、今の自分にとっては悪い意味で背筋がゾクゾクする台詞だ。
「断る」
「ことわるな」
「無茶言うな」
「いつもおればっかり」
「でも嫌じゃないんだろ?」
「……いや……ではない」
「なら別にいいだろ。今のままで」
「……いやだ」
ぐぐっと鬼丸の手に力が篭もる。思った以上に諦めが悪い。このまま根比べしても無駄な力を使うだけだ。
「……そんなに言うなら、勝負して負けたほうが下ってのはどうだ?」
「しょうぶ……?」
「……お互いのちんこ扱いて、先にイッたほうが負け」
我ながら何て最悪な勝負方法だと思う。パッと出てきたのがこれだったのだから、頭を酒で相当ヤラれている。半分溶けかかっているんじゃないか。
「……わかった。やる」
そして、こんなクソみたいな勝負を受けて立つ鬼丸も、自分と同じぐらいかそれ以上に頭の中が溶けていると思われる。すべては酒のせいだ。酒で何もかもが緩くなってしまっている。
「ほら、あんたも出せよ」
言い出しっぺなのだから、先に自分のナニを、緩めた夜着の中から出してやる。酔いが深いせいかあまり反応はよろしくない気がする。しかし、感覚が鈍くなってるほうがありがたい。この勝負、絶対に負けるわけにはいかないのだから。
扱いて勃起させていると、その様子を鬼丸はとろんとした目で見つめていた。めちゃくちゃ抱いてほしそうな顔をしているくせに、抱かれろとかよく言う。
「やっぱり、あんたは下がいいんじゃないのか」
「……ちがう」
「勝負はやめて、大人しく抱かれるか?」
そう言うと、ぐっと唇を噛み締めた鬼丸は無言で頭を振った。そして、躊躇いがちに夜着の裾を割り、陰茎を取り出す。自分のよりやや薄い色のソレは既に張り詰めていて、割れ目を先走りで濡らしていた。今の状態でこれなら、三擦り半ぐらいで射精するなと密かに勝利を確信した。今にも弾けそうな鬼丸のモノを柔らかく掴んで「俺のも触れよ」と促すと、鬼丸はおずおずと手を伸ばして、屹立したソコを握ってきた。陰茎の血色と白い指の対比がいやらしい。よく思い返したら、こうして触ってもらうのは初めてかもしれない。口淫や手扱きもさせたことがなかったせいか、鬼丸の動きはどこか拙い。それが妙に興奮してしまう。
(……いかん。落ち着け。先に出したら負けなんだからな)
こちらからけしかけた勝負なのだから、負けは許されない。余計なことは考えず、鬼丸を先にイかせることに集中しろ。己に言い聞かせて、鬼丸の陰茎を擦る手の動きを徐々に早めていく。先を集中的に責めると、くちゅくちゅと濡れた音が聞こえてきた。
「……んっ、く……ッ」
「ちゃんと手動かせよ」
「わ、かってる……!」
手を動かす余裕なんて本当は無いだろうに、意地を張るのは酔っ払っていても変わらないようだ。そこがいじらしかったりもするけど、今は意地を張っても無意味なことを教えてやる。
鬼丸の喘ぎが切羽詰まった甘い声に変わり、もうそろそろだな、とイかせようとした時だった。
急に顎を掴まれ、噛みつくような口づけをされる。ぬる、と熱い舌が口内へ侵入してきて、怯んだ舌を絡めとっていく。鬼丸の思わぬ行動に驚いたせいで、手の動きをぴたりと止めてしまった。その間にも、鬼丸の舌は粘膜をなぞり、わざと音を立てながら舌を吸ってくる。鬼丸は何故か口吸いが上手い。これはまずい、と思ったが最後、望まぬ放出の快感が訪れてしまった。
「〜〜ッ……!」
陰茎がびくびくと震えて、迸る白濁が鬼丸の手を濡らしていく。
(嘘だろ……)
不意打ちの口付けに負けてイッてしまった……。勝つつもりだったのに、何てことだ。敗北の屈辱感に苛まれているところへ、射精後の虚脱感が追加されて、激しい自己嫌悪に襲われる。
「……あんた、卑怯だぞ」
地を這うような低い声で言うと、ふん、と鼻で嘲笑われた。
「勝負に卑怯もクソもない。勝てばいいんだ」
勝者の余韻に浸っている鬼丸の口調はさっきとは打って変わってやけに明瞭なものになっている。そして、これみよがしに手のひらについた精液を舐めとる鬼丸の姿に、自分の中の何かが音を立ててブチ切れた。
完全に油断しきっている鬼丸を畳へと乱暴に押し倒し、夜着の胸元を割り開いた。
「なにを……、んっ!」
露わになった白い胸に顔を埋めると、その頂にある突起を口に含み、ちゅうっと強く吸った。もう片方も指でくりくりと捏ね回し、しつこいくらいに乳首を弄ぶ。乳首はすぐに固くしこり、素直な反応を示す鬼丸の身体に満足しつつ、愛撫の手を強めていった。鬼丸は愛撫から逃れたいのか、肩を押し返して引き剥がそうとしてくるが、結局、その手は夜着の布を掴むにとどまり、その内、諦めたように背中へと縋りついた。
「んんッ、あ……、ぁ……」
胸への刺激を耐えるみたいに、鬼丸の爪先が畳を何度も引っ掻いている……というよりも暴れている。愛撫の合間に下半身を盗み見たら、脚癖が悪いせいで裾は乱れまくり、肉付きのしっかりした太腿が晒されていた。早く全て暴いてしまいたいという衝動を覚えながら、口の中にある乳首を甘噛みし、もう片方を指で摘み強く捻り上げる。
「あぁ、んっ、や……っ、ら……ぁ、ああぁッ!」
舌足らずな甘え声を上げて、鬼丸は触れられていない陰茎から白濁をとぷりと溢れさせた。瞼を伏せたまま、吐精の余韻に浸っている鬼丸を見て、溜飲はある程度下がったが、完全にというわけではない。達したあとも乳首をずっと触り続けて、引っ張ったり抓ったりを繰り返す。
「……やめっ、も……さわ、るなっ」
「ココだけでイくような奴が、『上』なんか無理だろ」
「痛……ん、ンッ!」
「……あと卑怯な手を使ったから、お仕置きだ」
寝させるつもりはないから、覚悟しとけよ。
半ば脅しのようなことを言って、その夜は本気で鬼丸を泣かせた。素面であれば口に出すのが憚られることを言ったり言わせたり、かなり無茶なこともしてしまったので、酒の力は恐ろしいと改めて認識した。しかし、酒をやめようとは思っていないし、その時はやり過ぎたと多少反省したが、後悔はしていない。
そんなこともあり、鬼丸が「上になりたい」と言ってくることは、その夜以来、二度と無かった。