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重い。苦しい。この感覚は覚えがある。
ああ、あの暗くて黴臭い蔵の中にいた時の感覚と同じだ。
せっかく、日の元に晒されたというのに、結局蔵へ逆戻りか……。所詮自分など日陰者なのだ。
日陰者にはやはり蔵の中が相応しいだろう。そう思自覚すると、腹にかかる重さが増して、息苦しささえ感じるようになった。金縛りに遭っているようだ。
目を開ければ、きっと見覚えのある古びた天井。そして暗闇。もう眩い光が目に差し込んでくることはない。
諦めの気持ちで重い瞼をゆっくり開く。視界に入ってきたのは屋敷の寝室の天井だった。蔵の中ではないと安心したところで、身体の上にぼんやりとした白い影が現れた。
「……?」
暗闇の中、目を凝らしてみると、その影は次第に人の形に変わっていく。障子の隙間から差し込む月明かりにうっすら浮かび上がる銀色の髪に見覚えがある。そして、その銀髪から覗く異形に、自分にのしかかっている者の正体を確信した。
目を見開いて硬直していると、むぎゅ、と鼻を摘まれたが、すぐさまそれを手で振り払ってやった。
「ふん、ようやく起きたか」
「なにしてんだ……」
「せっかく、酒を持ってきてやったのに、さっさと寝やがって。もっとおれに構え」
「は……? 飲む約束なんかしてないだろう」
「今度安酒を持って行くと言った」
「……いや、その今度がいつなのか、分からないだろうが」
「今だ」
「……何だそれは。言ってることが無茶苦茶だぞ」
そこまで言ってようやく気付いた。すごく酒臭い。
「……あんた、酔ってるのか」
「酔ってない。あんな安酒で酔うものか」
鬼丸が喋るたびに、濃い酒の匂いが鼻腔を刺激する。匂いだけでこっちまで酔いが回りそうだ。鬼丸が飲んだのは安酒。その匂いはくどい上にえぐくて、決していい気分になるものではない。しかし、どこか蜜のような甘ったるさもある匂いに、目の前が一瞬揺れて、思わず顔を顰めた。
「酔ってるだろう」
「酔ってない……」
こちらを見下ろす目からは、敵と対峙している時の鋭さは失せていて、その赤は危うい無防備さに満ちていた。
何か変な雰囲気だ……これは酒のせいなのか、それとも。
「いい加減、退いてくれ。重い」
「いやだ」
「何を子どもみたいなことを」
「……子どもがこんなことをするのか」
そう言って、鬼丸は夜着の帯を緩め、濃紺の着物を肩から落とした。ぱさり、と衣が重なる音ともに晒されたのは、白くしなやかな裸体だった。月の青白い光を浴びて浮かび上がる無駄のない造形を、不覚にも美しいと思ってしまった。が、何もつけてない鬼丸の下半身が目に入ると、頭の中は混沌とし始めた。
髪と同じ色をした下生え、そこから頭を擡げているモノ……何故、勃起しているんだ。
「おい、何を考えてる」
「おれに言わせるのか」
「そういう問題じゃない。やめろ。悪いが俺にその気は無い」
「……なら、その気にさせてやる」
少し拗ねたような口調で鬼丸は言って、ゆっくりと身体をずらしていく。そうして、彼は大典太の股座に躊躇いなく顔を埋めたのだ。
「……!」
驚きすぎて最早声も出ない。唖然として身動きも取れず、ただ鬼丸の行為を見つめていたら、下穿きをずらされ、アレを剥き出しにされた。ひんやりとした空気を感じた直後に、そこはぬるりとした生暖かいものに包まれた。男根は鬼丸の口の中に……先っぽから根本までずっぷりと。喉からひゅうっと情けない音が鳴った。
「〜ッ、や、やめろ、この馬鹿!」
「……その気にさせると言った」
「本気でする奴が……うっ」
括れ部分を甘噛みされて、思わず息を詰めた。こっちの動揺など完全無視で、鬼丸は陰茎を口で愛撫し続ける。拙いけれど、気持ちいいところを的確に責めてくる口淫に身体は嫌でも反応してしまう。
「勃ったな……」
恍惚混じりの声でそう言われて、目眩がしたと同時に、血がソコから少し引いた。まだ固さは保っているが、いっそこのまま萎れてほしい。
「そんなにされたら、嫌でも勃つ。もういいだろ」
「……まだ、だ」
股間から顔を上げた鬼丸が、ゆらりと上体を起こし、やや覚束ない仕草で大典太の腰を跨いだ。
「……お前だけ、気持ちよくなるのはずるい」
「ずるいって、あんたが勝手に……って、待て! 今度は何をするつもりだ」
「黙れ。じっとしていろ」
ほんの少しだけ柔らかくなった陰茎の根本を指で支えると、立たせたソレに尻を擦り付けてきた。穴があるであろう場所に、先端が触れると、鬼丸は鼻にかかった甘い声を漏らした。
それにつられて、萎れかかっていたモノがまた息を吹き返してしまった。本人の意志とは無関係なのに反応したことが情けない。情けなさすぎて瞼が熱くなってくる。何てことだ。ああもう早く飽きて欲しい。
「……意外と大きいな」
「意外は余計だ……、っく、やめ、ろ……正気か、入るわけ、ない……」
「お前が変な動きさえしなければ、怪我せずに入る」
「あんたなぁ……、うあっ!」
不意に体重をかけられ、情けない声が出た。先の部分がずぶりと鬼丸の体内へと飲み込まれていく。狭くてきつい入口の圧迫に痛みすら感じてしまう。
突っ込んでるのは自分なのに、何だこの手篭めにされてる感じは。おかしくないか。いや、実際に手篭めにされているのだが、立場がおかしい。何でこっちが下なんだ、と。
「んんっ」
歯を食いしばり、苦しそうに呻く鬼丸の様子を見て、そんな辛い思いをしてまでしたいのかと呆れてしまう。
抵抗するだけで無駄だ。文句を言ったって、この質の悪い酔っぱらいは聞く耳など持たない。
もう好きにしてくれ、とどこか冷めた目で見つめていたら、そんな自分とは正反対の熱を宿した鬼丸と目があった。心なしか目の下がほんのりと色づいている。
「見ろ、ぜんぶ、入ったぞ……」
「信じられん……」
思わず手のひらで瞼を覆った。
本当に全てを身体の中におさめやがった……。
開いた指の隙間から、繋がっている箇所を盗み見ると、ソコは隙間なくきっちりと埋まっていた。陰茎全体を熱い粘膜に包まれ、そして、締めつけられて、初めての感触に腰の辺りがうずうずする。快なのか不快なのかいまいちよく分からないが、とりあえずきつい。入口に当たる根元が痛い。
「……血が止まる」
「痛いのは最初のうちだけだ、俺もお前も……」
「痛いなら今すぐやめろ」
「ここまで来て、いまさら引き返せるか」
と鬼丸は吐き捨てるようにいって、唇をぎり、と噛み締めた。挿入の刺激で慄く両膝を立てて、ゆさりと腰を揺らした。最初のうちは緩慢で覚束なかった動きも、次第に規則的なものへと変化していく。
「はっ、ぁ……あ、あっ」
喘ぐ声は苦しいだけではなさそうだった。鬼丸の
下腹部で揺れる可愛らしくない大きさのモノは張り詰め、割れ目からは先走りが滲んでいた。鬼丸が腰を上げては落とす度に、結合部で見え隠れする自身から目を逸らせず、彼とまぐわっているという現実を嫌でも突き付けられる。
好き勝手しやがって、と思いながら、鬼丸の肩を掴み、結合を解かないまま、褥へと無理矢理押し倒した。
「あ……?」
「やられっぱなしっていうのも、癪だからな」
片脚をすくい上げて、肩に抱えると、半端に抜けかけたモノを再び奥へと捩じ込んだ。陰毛が尻肉に触れるぐらい密着させて、奥を小刻みに突いてやったら、鬼丸の反応が明らかに変化した。
「う、あ……あ、ッ!」
普段の彼からは想像もできないほどの甲高い声だった。上擦り掠れた聞きなれないそれに、耳から首筋のあたりがゾクリとした。少なくとも嫌悪ではない。戸惑いと高揚といえばいいのか。こんなはしたない姿を晒している鬼丸に対して、自覚はしたくないが、間違いなく興奮している。中を穿つたびに柔らかな肉襞はいやらしく絡み付き、その動きに誘われて、自然と律動が激しくなっていく。
動きを止めないまま、ふと、鬼丸の下腹部を見れば、僅かな白濁で濡れていた。一度、達してしまったようだ。
(……よくわからんが、ここがいいのか?)
どこがいいのか分からない手探り状態で、鬼丸の反応がいいところを、集中的に責めた。浅いところも深いところも、余すことなくじっくりと、捏ね回したり突いたり、掻き回したり。ぐぽ、ぐちゅっという湿った音が、肌のぶつかる音と混ざり合う。
「んっ、ァ、あ、あっ、あぁ!」
「っく、何て……声出してんだ……」
「ああ……ッ、あ、ぁ……」
「……聞こえてないか」
「あ、ぁっ、んんっ……」
肉欲の涙に潤む赤い瞳は大典太を見ることなく、空を彷徨い見つめる。濡れた唇はゆるく開きっぱなしで、意味のない母音を紡ぐばかりだ。もう完全に理性は飛んでしまっているのだろう。薄紅色に染まった頬へ、そっと触れてみる。すると、鬼丸はゆるりとこちらへ目を向けて、何かを伝えるように微かに口を動かした。
何だ? と思い耳を傾けると、熱っぽい吐息の合間に囁かれた「言葉」に、心臓が灼け付くような熱さを感じた。戦の時の昂ぶりと似ているが、それとはまた少し違う。鼓動が大きくなるにつれて、腹の奥に何とも言えない疼きが生まれ、蟠り、こちらの自制心を削ぎ落としていく。
「……あんた、は」
鬼の中には美しい人間の姿に化け、人を誑かし、狂わせて、血肉を喰らってしまう者も居ると聞いたことがある。自分と交わっている彼の姿を見ていたら、その話をふと思い出した。
(鬼斬りのくせに、あんた自身が『鬼』かよ……)
クッ、と口端を吊り上げると、一際強く腰を打ち付けた。鬼丸の口から嬌声が迸り、雄を咥えている内壁がぎゅうときつく締まる。
そっちが喰うつもりなら、存分に喰われてやってもいい。しかし、喰われるだけで、終わらせるつもりもない。
――追儺の夜はまだ始まったばかりだ。
翌朝、乱が
「鬼丸さんが、青白いどころかドス黒い顔色してて、自室に篭ったきり出てこないんだ。どうしたんだろう」
と心配そうに言っていたので
「二日酔いに効くと言って、その辺の野草食ってた」
と適当に答えてやったら、後日復活した鬼丸に真剣必殺食らわされた。