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(……落ち着かん)
飲み始めてから、こちらにずっと向けられている視線が気になって仕方がない。彼は何も喋らず、こちらを見ているだけ。紅い瞳を揺るがすことなく、真っ直ぐに。あっちの方から珍しく上等な酒を持ってきたと思ったら、何なんだこの状況は。
折角の上手い酒が何だか味気なく感じてしまうではないか。
お互い元々喋る方ではないが、それでも酒が入れば多少なりとも会話は弾む。しかし、大体が気分の良くなった大典太が饒舌になって、それに自分が釣られる感じだ。それ故、いつもと違う大典太の態度に、正直戸惑っていた。怒っているというわけでも、機嫌が悪いというわけでもなさそうだから余計にだ。寧ろ、機嫌は良さそうにさえ見える。
話しかけていいのか、いけないのか。というか、いい加減喋れこの野郎。そんな事を酔いの回り始めた頭で思いながら、鬼丸は酒を喉に流し込み、そして、叩きつけるように猪口を畳へ置いた。
「……おい」
「ん?」
「さっきから何なんだ」
「何がだ」
「黙ったままじろじろ見やがって。何考えてるんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
苛立ちに任せて口は勝手に動き、口調は無意識に強くなる。目尻を吊り上げてきつく睨めば、大典太は少し驚いたような顔をしていた。何を怒っているんだ、というような。それが余計に苛ついて、思わず舌打ちをしてしまう。我ながら大人気ないと思うが、燻る苛々をどうしたらいいのか分からない。
「くそっ、酒が不味い」
「そう言うなよ」
憤懣やる方ない自分とは正反対に、大典太は至って穏やかだった。気にも留めないという体で、徳利から猪口に酒をなみなみ注ぐ。そして、それを一気に飲み干し、彼は口を開いた。
「あんたを肴に酒を飲みたいと思ってな。気を悪くしたか」
「……なんだそれは」
「たまには静かに飲むのもいいだろう」
「なら、最初からそう言え。言わないと分からん」
陰気なんだよ、と付け加えると、あんたもなと返された。
「……で、肴を見るだけで満足なのか?」
「まさか。食うに決まってる」
そう言って、のそりと身を乗り出してきた男が、噛み付くように口付けてくる。先程までの静けさが嘘のような荒々しさに呑まれ、伸しかかってきた重みを愛おしく思いながら、男の背中へ腕を回す。
その晩、空になった二つの猪口が、再び酒で満たされることはなかった。